【正論】 腹回りの診断基準だけにとらわれず本質的な理解を!!
゛一網打尽″の予防法に期待する(2/2)
2008.05.09

■診断基準の国際標準化は無意味

--- 診断基準はどのように決めたのですか

松澤 内臓脂肪蓄積を主役に、高血糖、脂質異常、高血圧が複数重なっているという定義をもとに、それぞれの基準値は肥満学会、糖尿病学会、動脈硬化学会、高血圧学会といった関連学会のガイドラインに対応する基準値を提案してもらいました。動脈硬化の絶対リスクを想定して、数値は男女共通にしています。たとえばHDLコレステロールは男女とも40ミリグラム、内臓脂肪量は100平方センチメートルです。

--- 男性85センチ、女性90センチという腹囲に注目が集まりましたが

松澤 十分本質を理解されているかは別として、「メタボ」「腹回り」という二つが、僕らの予想をはるかに超えて国民に認知されました。腹囲があまりにも分かりやすい身近なマーカーで、だれでも服のサイズとして認識しているものなので、意見が言いやすい。これがコレステロール値や血圧だったら、一般の人が論議するようなことはないのですが。

 われわれから見れば、腹囲がそんなに厳密なものでないことは十分承知の上で診断基準に入れているにもかかわらず、それを「過大評価」されて何センチから上が病気で、何センチから下だったら健康という大きな誤解が生まれたことにはとまどっています。

--- 国際基準から外れているという批判もありますが

松澤 国際糖尿病連合(IDF)は、日本人も含めたアジア共通で、男性90センチ、女性80センチを腹囲の基準と定めています。これはアメリカ、ヨーロッパ、アジアといった人種、地域別に決めたものです。しかし、国によって栄養状態、体格や病気の頻度が全く違うのだから、国際的な標準なんてあり得ない。腹囲を標準化するということはナンセンスです。

 もともとIDFとは、腹部肥満、内臓脂肪を必須項目として、プラス二つ以上の異常がある人をくくるという基本的なコンセプトは一致しています。あとは基準値はそれぞれの国で、という話だったのですが…。

 日本の国民、対策を受ける側にとっては、国際基準に合わせるメリットはありません。頻度などについて研究論文を書くときに困るというのだったら、その時だけこれで分析しましたと書けばいい。しかし、その場合は逆に、アメリカとヨーロッパとアジアの基準値も全部統一しなければならない。

--- 日本での研究にもとづき、日本の予防医学のために基準を作ったということですか

松澤 そもそも、診断基準は腹囲に重点を置いたわけでなく、内臓脂肪を基盤にしているのです。こうした決め方をしている国は日本だけです。
 日本では20年以上前から内臓脂肪をCTスキャンで計ったデータがあって、それをもとに面積100平方センチメートルを超えると動脈硬化が起こりやすいという研究がされてきました。ですから、男女とも100平方センチメートルを基準に、それに見合う腹囲を決めました。その際、女性は男性より皮下脂肪が多いため、その分、腹囲が大きくなり、男女の「ねじれ」が生じたことが奇異に受け取られているのです。

--- 大きく騒ぎすぎている側面もありますね

松澤 この基準値によって、病気であるか、健康かの誤診や過剰診断が起こるという性質の事柄ではありません。内臓脂肪が原因で二つ以上のリスクが重なっている人を選び出すために、内臓脂肪蓄積の有無を決めるために使う指標で、治療を薬でするか、痩せさせて腹囲を減らすことをまず重点に置く人かを選び出しているのです。

 いずれにしても、検査異常が二つも三つもあれば、内臓脂肪蓄積の有無にかかわらず対策をしなくてはならないのは確かです。メタボリックシンドロームという疾患概念がないころは、どの医師も何らかの対応をしてきた。ただ内臓脂肪がたまっていると判定されたら、薬を使う前にまず、それを減らすことを指導しましょうということなんです。

 男性で腹囲100センチの人でも、三センチ減らすことで中性脂肪が下がり、血糖も下がればOKで、九七センチで止まったとしても、異常値が改善すればもうメタボリックシンドロームではないという診断になるわけです。

■メタボ対策は万能ではない

--- 女性はメタボリックシンドロームの頻度が少ないのですか

松澤 だいたい男性が女性の三、四倍です。もともと女性は内臓脂肪蓄積の人は非常に少ない。内臓脂肪がたまってくるのは基本的に閉経後で、それまでは皮下脂肪タイプの肥満です。そういった人たちでは痩せにくく、また効果も少ないので別の手だてを考えましょうということです。

--- 腹囲の基準値は、目安として考えればいいのですね

松澤 診断基準をつくるとき、本当に腹囲のようなものを必須項目に採用していいのかということは論議になりました。保険適用外ですが、CTスキャンで内臓脂肪を計る手段はある。CTスキャンでの内臓脂肪面積を必須項目にして、欧米に先駆けて診断基準を提唱しようという意見もありました。

 しかし、病院では測定できても、一般の人が開業医のところで診断できないのでは普及しないし、特殊な疾患概念として終わってしまうのではないか。だから、ある程度一般に分かりやすく、腹囲85、90センチを目安にして、それを超えていたらCTスキャンを撮って確認するのが望ましいという基準にし
たのです。

 4月の特定健診スタートでは、少なくとも腹囲に関しては今の基準で実施するようです。よく論議して、いずれ予防効果を検討して見直しの検討もされるものと思っています。いずれにしても、どこに基準を置けば予防のため効率がいいかというだけのことなんです。メタボリックシンドロームだけで予防医学がなされるように誤解され、しかも腹囲だけがそれを決める指標のように過大評価されすぎています。もうちょっと冷静に考えてほしいですね。

--- メタボ対策、内臓脂肪減量だけで、すべての動脈硬化性疾患が予防できるというようなものではないのですね

松澤 その通りです。内臓脂肪をベースにしたマルチプルリスクファクターというメタボリックシンドロームがあり、一方には、内臓脂肪とは関係なく因子が重なってハイリスクな人もある。血糖も高いし高血圧もあるけれど内臓脂肪はあんまり関係していなくて、それぞれ病気として偶然重なっているような人もある。また、コレステロールだけが高いというリスクの人もある。それらが全部並立しているのです。

 ただ、メタボリックシンドロームだけは、薬を使わなくても痩せることや生活習慣を改善することで非常に効率よく予防できる、一網打尽にできるのだということを、みなさんに認識していただきたい。そういうグループに入ったら、まず生活改善をする。そうでない人は、別の手立てで動脈硬化を予防すればいい。

 今までのように、メリハリなく全員痩せましょう、運動しましょうと言う予防では、実践力が乏しいわけで、そういう意味で一つの括りを作った点を僕は評価しています。全国民を対象にした健診自体、恐らく他の国ではできないと思うんですね。

--- 新たな病人を作り出して、医療費が増えるという批判もありますが

松澤 そういう予防医学で医療費が増えて何が悪いのでしょうか。何のために実施するのかといえば、国民の命を助け、病気を未然に防ぐためであって、早い時期に発見できれば、長い目で見れば高額の医療費がかかる心筋梗塞、脳梗塞が減るのです。予防医学が無駄だと言っては、重病になるまで治療するなといっているようなものです。

■社会全体の環境整備も

--- 日本でメタボ対策をやる意味は

松澤 日本は均質化した社会で、どの地域でも健康に対しての関心が高く、極端な肥満者も少ない。そういう国だからこそ、しっかりした基準で予防対策をやれば結果が出ることが期待されます。

 アメリカなどは、メタボリックシンドロームの概念では、予防医学はできにくいと思います。というのは、小太りの中で病気になる人とそうでない人を分析してきたというのが日本の研究ですが、欧米では150キロ、200キロの人がざらにいます。日本では全人口の2-3%しかいないBMI30以上の人は、アメリカ成人では30から40%にも達してきている。そうした状況の中で、ウエストを2-3センチ減らすという対策が有効だとはとても思えません。

 そういう意味で、今度の特定健診・保健指導は世界で初めての一大実験だと思われていますが、諸外国の専門家からは大変評価されています。男性の働き盛りに重点を置き、これによって男性の平均寿命も世界一になる確率が高い。今、日本が世界に誇れるものは少なくなっていますが、健康を打ち出した国、健康立国という日本の特徴はかなり出せるのではないでしょうか。

--- 仕組みが整っていよいよスタートしますね

松澤 批判も含め論議されたこと自体、国民の認知度を高め、腹囲を減らすことを実践し、検査値異常などが改善した人が既にたくさんいるということを聞いています。健診の対象者の意識が高まっていることから、この制度は成功するかもしれませんが、実施にあたって具体的な方法論に、問題点がいくつかあると聞いています。従って、これらについては行政側も現場の意見を聞いて改善していっていただきたい。

--- 私たち一人ひとりの自覚が問われる

松澤 ただ、生活習慣病は個人の責任のように言われていますが、何も個人がそういう生活をしたくてというより、社会環境が状況を作ってしまっているのです。24時間食べ物があふれ、テレビでもおいしいものが映される飽食社会です。レストランなどでもカロリー明記をするなど、食生活に気を配る環境をつくることも効果があるでしょう。

--- 社会全体で考える必要があるということですか

松澤 私たちは、体を動かすことができない便利な社会に作りすぎてしまいました。携帯電話で座ったまま電話できる、ネットで買い物できる、どこに行くにも車で行く。みんな便利さに浸ってしまっていて、昔に戻すことはできないでしょうが、そういった環境が内臓脂肪蓄積の一番大きな原因になっています。本人の責任というよりも、こういう環境にした一つのウイルス感染みたいなものですね。

 自動車メーカーなどにもお金を出してもらって、自転車で安全に走れる自転車道路やランニング道をつくる、市内の交通網に電車を使う環境づくりに産業が参入するといったムーブメントもあっていいのかなと思います。それによって、フィットネスクラブに行くまでもなく、日常生活の中で気軽に運動できる環境ができれば、メタボリックシンドローム対策のもっとも大きいものになるのではないでしょうか。個人だけが努力するというのでは難しい。そういうことも含めて、考えてもらえればいいですね。
     
                   ◇

【プロフィール】
  松澤佑次 (住友病院院長)

(略歴)
 松澤佑次氏 昭和16年(1941年)、和歌山県生まれ。大阪大学医学部卒。同大学教授、同大学付属病院院長などを経て、平成15年4月から現職。日本肥満学会理事長。動脈硬化研究に対する貢献で「第1回動脈硬化学会賞」受賞。ほかに内臓脂肪症候群の概念確立で「日本医師学会賞」、脂肪細胞の分泌物質が糖尿病や心筋梗塞などの要因であると突き止めたことで「武田医学賞」など受賞多数。著書に『よい肥満わるい肥満』(サンマーク出版)、編著『内臓脂肪型肥満』(医薬ジャーナル社)など。

(正論:2008年4月号)


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