メタボリックシンドロームと糖尿病「プレ糖尿病としてのメタボリックシンドローム」
三井記念病院 内科 柴 輝男
1.はじめに
メタボリックシンドロームという言葉には様々な定義と用法があり、混乱がある。最近、国際糖尿病連盟(IDF)がメタボリックシンドロームのプラチナスタンダードを発表した。これによると、メタボリックシンドロームは、内臓脂肪蓄積を共通基盤に心血管疾患の危険因子としての耐糖能障害・血圧上昇・脂質異常の集まった症候群であるとした。世界の成人のおよそ25%が罹患し、糖尿病の発症は5倍、心臓・脳卒中発作が3倍、死亡が2倍になるとされている。すると今回特定健診の基準で、指導の対象として拾い上げられるわが国のメタボリックシンドローム有症者も、IDFと同様、未だ糖尿病を発症していない段階の「プレ糖尿病」としてのメタボリックシンドロームである。更に、特定指導との関係でみると、特定健診で糖尿病と診断された場合には、医療の対象となり特定指導は受けず医療を受けることになる。一方、糖尿病を既に発症している患者に於いても、メタボリックシンドローム合併の有無を論じる場合も少なくない。この話題に関しては続編で後述する。
2.プラチナスタンダードの診断基準
上述のごとく、メタボリックシンドロームには様々な診断基準が提唱されているが、IDFは国際的にこれと取り組む必要を強調し、そのうえで世界の様々な国や地域でメタボリックシンドロームの診断が異ならないように、疫学的にも臨床的にも合意可能な診断基準を作成した。わが国においては、診断基準が異なりその妥当性につき科学的、社会的議論を呼んでいる内臓肥満の問題がある。その診断と臨床的意義に関してIDFは、日本人も南アジア・中国人と同等としている。IDFのメタボリックシンドロームの基準値は、日本のそれと比較して、女性のウエスト周囲径基準値が低く設定されているだけでなく、男性の基準値は5cm大きく設定されており、また、空腹時血糖の基準はより厳しく設定されたと、大まかには考えられる。さらに、特定健診の保健指導判定値と我が国のメタボリックシンドロームの診断基準値にも違いがある。
| 【メタボリックシンドロームの診断基準(プラチナ)】 |
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<前提条件> ウエスト周囲径 : 男性90cm・女性80cm(男性85cm・女性90cm) <付随条件>
脂質 : TG150mg/dL以上 |
3.インスリンの関わり
今回の特定健診で診断されるメタボリックシンドロームは、Reaven等の唱えたSyndrome Xや死の四重奏・内臓肥満症候群などのインスリン抵抗性を背景とする心血管病リスクが個体に集簇する症候群を、内臓肥満のマーカーとしてウエスト周囲径を採用してこれを一次スクリーニングした後に、他の心血管リスクを評価して二次スクリーニングして診断する。即ちこの症候群の背景には、現代人が懊悩する運動不足と過食がある。
なぜ、人は過食するのか?なぜ運動不足になるのか。多くの野生動物をみても、過食による肥満を観ることはまず無い。健康のためにトレーニングをしている野生動物もない。ペットとしてヒトが飼い始めて肥満を生ずる。野生では肥満すると動きが鈍重になり、淘汰されてしまうからであろうか。メタボリックシンドロームは本能に委ねた放恣な生活と文明の発達が生み出したヒトのリスクであり、可逆的な病態である。
メタボリックシンドロームの形成には過食の過程が欠かせないが、糖尿病に関係の深いインスリンとの関係は如何であろうか。インスリンの糖尿病発症における役割は、インスリン受容体を各臓器でノックアウト(KO)した成績から推定される。それによると、全身に於けるインスリン抵抗性発現に重要であると信じられていた筋肉や脂肪組織におけるインスリン受容体のKOではインスリン抵抗性は誘発されず、2型糖尿病を発症せしめることはできなかった。驚いたことに、脳や膵臓(特にβ細胞)や肝臓でインスリン受容体をKOしてインスリン作用を無くすと、インスリン抵抗性が惹起され糖尿病が誘発された。特に脳におけるインスリン受容体のKOは、摂食量が増加させて肥満が誘発され、インスリン抵抗性を呈したと報告されている。摂食調節に関わる様々なサイトカイン研究の最近の進歩には目をみはるものがある。人間の食欲調節過程が明らかになるにつれ解決法が見出される可能性がある。残念なことにメタボリックシンドローム患者における脳でのインスリン抵抗性を検討した報告は見当たらない。しかし、脳に於けるインスリン作用不足だけではどうも解決しそうもない。インスリン受容体のシグナルは、IRS2という蛋白のリン酸化により伝達されるが、先ごろ報告された脳におけるIRS2のKOでは、肥満やインスリン抵抗性を誘発はしたものの、マウスは長生きしたという。インスリンや肥満とそれに関係する糖尿病の科学の奥深さが感じられる。
■Taguchi A et al., Brain IRS2 signaling coordinates life span and nutrient homeostasis. Science 317 (2007) 369-372
4.肥満と糖尿病と心血管疾患
体に過剰に脂肪が蓄積した状態を肥満というが、メタボリックシンドロームの前提条件である内臓脂肪蓄積は内臓肥満と捉えても異論はあるまい。そこで、肥満と糖尿病に関するこれまでのデータを検討してみた。
肥満の診断には、これまで体格指数の一つであるBody Mass Index (BMI) が成人では最適であるとされ用いられてきた。BMI25以上を肥満と定義し診断している。糖尿病の発症を前向きに検討した研究では、BMIが18.5未満の群に対し、29以上の群が糖尿病を5倍以上有意に多く発症する、とのメタ解析のデータが示されている。糖尿病が肥満者に多く発症するという経験則のエビデンスのひとつである。
糖負荷試験を実施した伊藤らの報告によると、糖尿病に至らない境界型の肥満者における割合は、45歳以下で33.2%、45歳以上54歳以下では30.7%であった。日本人の中年層では肥満者のおよそ3人に1人が境界型で、メタボリックシンドロームのスクリーニングにより拾い上げられる対象となることが示されている。当院の人間ドックでホメオスターシスモデルを用いて検討したデータでは、境界型ではインスリン抵抗性を示すもののインスリン分泌能は正常型に比し有意の低下を示さない。即ち、血糖の上昇に従い代償性にインスリン分泌が亢進している状態が境界型である。伊藤らの成績でもメタボリックシンドロームの診断基準である空腹時血糖110mg/dL以上を示す肥満者のインスリン抵抗指数 (HOMA-R) は、平均2.89と非肥満者の平均2.0に比べ1.45倍で、有意にインスリン抵抗性が増加していることが報告されている。
| 【肥満による耐糖能異常の増加:耐糖能異常者の年齢別割合(伊藤らによる)】 | ||
|---|---|---|
| 非肥満(%) | 肥満(%) | |
| 45歳以下 | 20.8 % | 33.2 % |
| 45~54歳 | 25.9 % | 30.7 % |
最近の米国の健康調査(NHANES 1999-2004)資料を解析した興味深い報告がある。これによるとウエスト周囲径は、年齢、性、喫煙、BMI、LDL-C、MetS項目(血圧・TG・HDL-C・FBG)で補正した後も、有意な糖尿病発症の予知因子であった。心血管疾患に関しても、年齢、性、喫煙で補正したモデルでは、ウエスト周囲径は有意な予知因子であった。しかし、BMI、LDL-C、MetS項目(血圧・TG・HDL-C・FBG)で更に補正を加えると、ウエスト周囲径の心血管疾患予知に関する統計学的有意性は失われた。従って、メタボリックシンドロームの主要エンドポイントである心血管疾患の予知に限って言えば、ウエスト周囲径はBMIを超えて寄与をする指標であるとはいえなかった。因みに詳細にふれると、この報告ではウエスト周囲径は3分位に分けられ、{小:90.9未満・中:90.9?102.9・大:103以上(cm)}、中と大に分類される人々が、小に分類されるヒトに比し、糖尿病を有意に多く発症した。この研究の解釈としてウエスト周囲径は、糖尿病の予知因子としては優れていたが、しかし、心血管疾患に関しては、血圧やLDL-C、MetS項目等に有意に相関した。そして、これらに影響を及ぼすことにより心血管疾患を増やしているのであると推定される。勿論、ウエスト周囲径やBMIを減じることは、血圧やMetS項目の改善に繋がっているので、肥満の解消を指導することに異論は無い。
5.耐糖能異常者の生活習慣に対する介入
さて、これらの肥満者に介入すると糖尿病の発症は抑制されるのであろうか?中年層を対象とした研究を拾ってみる。7,000人(47‐49歳)のスウェーデン人IGT患者を対象とした検討では、5年間にわたる介入で、体重は平均2.3-3.7%と軽度の減少が持続したのみであった。ところが、50%以上のIGT患者で耐糖能の改善が観察された。耐糖能の改善は体重減少や運動の増加と相関したという。糖尿病発症の相対危険度も非介入群の37%とおよそ3分の1に減少した。
フィンランドの糖尿病発症予防試験では、40歳から65歳のBMI25以上の肥満者で耐糖能障害を有する患者を対象とし、主に生活習慣の介入を行った。その内容としては個人指導で、体重減少を目標として、食事に関しては総脂肪摂取や飽和脂肪酸摂取を減らし、食物線維摂取を増加させ、運動に関しては身体活動を活発にするといったものであった。実現した体重の減少は3~4kg程度と少ないものであったが、糖尿病の累積発症は介入群では11%で、非介入群の23%に比べ58%の有意な減少をみた。更に12年間追跡した検討でも、ハードエンドポイントの代表といえる死亡率が、IGT患者の介入群では健常者と変わらず6.5人/1000人・年であり、非介入群の14.0人/1000人・年より有意に低下したという。
糖尿病の発症予防試験を語るにあたり、避けて通れないのが米国のDPP試験である。この試験の特徴は、米国で実施されたにもかかわらず、糖尿病になりやすいアジア系、アフリカ系、スペイン系の少数民族が約半数組み込まれ、しかも生活習慣に対する介入と薬剤による介入が比較されたことである。しかも、生活習慣に対する介入が、この対象では糖尿病発症予防に最も有効であった。こうしたDPP研究の成果ばかりが広く喧伝されているが、DPPにおける実際の生活習慣への介入は並大抵の努力で成し遂げられるものではなかったことを忘れてはならない。論文から垣間見られたその一端を下表に紹介する。
| 【DPPにおける生活習慣介入方針】 |
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肥満症とそれに伴う糖尿病予備軍に対する介入は、急性期疾患ではなく一生を通したお付き合いであることは言うまでもない。DPP研究では参加者の研究参加時におけるダイエットや減量に対する心理も検討されており、メタボ脱出における指導の際に大変参考になると推定される。肥満患者は複数回ダイエットに挑戦して成功しながら後にリバウンドし、悩みが深い実態が報告されている。DPPにおける糖尿病発症予防は、減量目標に達した群で最も高率であったが、減量は目標に達しなかったものの運動目標を達した群では減量達成群に遜色ない糖尿病発症抑制が実現され、フィンランドの試験で示されたのと同様であったことを付け加えておきたい。
他方、糖尿病に関しても懸念すべき記述が目に留まった。特定指導のプログラムを考案しているとされている中心的な方の手になるが、受診勧奨について「HbA1c7%程度まではすぐに薬物治療というわけではないので、定期検査を実施できる環境のもとでは特定指導を実施してもよいと考えられる」としている。しかしながら、軽症糖尿病や耐糖能異常の患者を診る時の糖尿病専門家のコツは、血糖値やHbA1c値そのものではなく、背景に合併する代謝異常とその歴史をよく見極めて対処することである。即ち、メタボリックシンドロームの合併や、高LDL血症の患者こそが医療を要するハイリスク状態にあることが多く、早期からの受診と専門医師による綿密な診断、そして適切な治療が重要である。特定健診で要指導とされるメタボリックシンドロームを合併した軽症糖尿病患者はハイリスクであるから、特定指導に入れるべきでは決してない。受診勧奨値のHbA1c6.1%は少なくとも厳守されねばならない。
■津下 一代 特定健康診査・特定保健指導実施にあたっての課題.Daiabetes Journal 36 (2008) 27-30
6.薬物介入による糖尿病発症予防
上述のDPP試験では生活習慣の介入により、糖尿病の発症は58%とフィンランドに於ける試験と同程度の減少をみた。有害事象としては、整形外科的問題が24.1/100人・年とやや多かった。一方、DPP試験のもうひとつのアームである薬物治療群では、ビグアナイド薬であるメトホルミン1,700mg/日が投与され、その結果、糖尿病の発症が31%減少した。60歳以上の高齢者では効果が小さかったが、中年層から若年へと年齢が若くなるにつれ、生活習慣介入群に近い糖尿病発症抑制効果が認められた。

■Reduction in the incidence of type 2 diabetes with life style intervention or metformin. N Engl J Med 346 (2002) 393-403
メトホルミン以外の抗糖尿病薬を使った発症予防試験も報告されている。中でもαグルコシダーゼ阻害薬(α-GI)を使用したSTOP-NIDDM試験は有名で、耐糖能異常者に対するアカルボース投与は糖尿病発症率を25%減少させるとともに、メタボリックシンドローム構成要素である高血圧の新規発症も34%減少させた。逆に、高血圧治療薬であるACE阻害薬やアンギオテンシン受容体拮抗薬を高血圧治療に用いると糖尿病の発症が抑制されることも報告されている。
以上、述べた耐糖能障害者に対する薬物介入や高血圧治療の成績は欧米で実施された試験であるが、先日の日本糖尿病学会では日本人耐糖能障害者に対しα-GIを投与した検討が報告された。詳細に触れると、試験の対象は高血圧、高脂血症、肥満、糖尿病家族歴のいずれかを有するハイリスクの糖負荷試験境界型を呈する1,778例であった。α-GIの平均投与期間は約1年で、糖尿病発症はプラセボ106例に比べα-GIであるボグリボース投与群では50例と統計学的に41%の相対リスクの有意な低下が認められた。更に、糖負荷試験が正常型へ改善した者もα-GI投与群で有意に多かったという。
■河盛隆造.日本人2型糖尿病, IGTに対する経口糖尿病薬の選択。糖尿病 51(2008) S57
生活習慣指導を大規模に実施する場合、指導を標準化するのは難しい。指導者間、施設間、地域間などに大きな差を生む可能性が強い。一方、薬物介入は服薬コンプライアンスの問題以外には、介入の標準化に大きな問題はない。また、メタボリックシンドロームの治療にあたり、生活習慣介入か薬物療法か、どちらか一方を選ばなくてはならないということはない。併用するのが合理的であろう。減量目標達成も運動目標達成もどちらもできない方々には生活習慣指導に加え薬物療法を併用することが適切かもしれない。
7.高齢者に対する配慮
65歳以上で心血管疾患既往の無い者4,258名が対象となった米国人のコホート研究である。対象者のうち、男性の31%、女性の38%がメタボリックシンドロームと診断された。15年間追跡の結果2,116名が死亡し、メタボリックシンドローム患者では22%の死亡率増加が認められた。メタボリックシンドロームの構成要素のうち死亡と有意に関係したのは、高血圧と空腹時高血糖およびこの2つの合併のみであった。ウエスト周囲径は死亡率に影響しなかった。又、空腹時高血糖のカットオフ値を特定健診と同様の100mg/dLとすると、メタボリックシンドローム患者における死亡率は有意な12%の増加と、メタボリックシンドロームの悪影響は減少したものの、主な結論は不変であった。この報告は、65歳以上の高齢者では生活指導とともに、血糖110mg/dL以上の高血糖や高血圧に対する早期からの積極的な医療による介入を要することを示唆している。
■Mozaffarian D et al. Metabolic syndrome and mortality in older adults. Arch Intern Med 2008; 168: 969-978
8.おわりに
本章では、肥満や肥満を有する耐糖能異常に対する介入の成績を糖尿病の面から総括してみた。メタボリックシンドロームの帰結を評価する際には、糖尿病発症が最もダイナミックレンジの大きな指標であることが示唆されている。心血管疾患のイベント発生や死亡といったよりハードなエンドポイントに対する介入効果の評価はなかなか難しい。というのは、介入期間が短いとダイナミックレンジが小さく、期間が長いと生活習慣介入法ではコンプライアンスに問題を伴うためである。糖尿病発症をエンドポイントとする評価に限ると、上述したとおり、肥満の解消が一番ではあるが、肥満の改善が大きくなくとも運動習慣の獲得と実行により、中年層では糖尿病の発症は半減しうることが示されている。
最近の報告では、肥満だけでなくウエスト周囲径に関しても、遺伝子の多様性であるSNPが明らかな影響を及ぼすといったエビデンスが次々と得られている。即ち、ある国に於けるある一定の生活環境のもとでは、肥満やウエスト周囲径の増加は、極論すれば肌の色と同じく、生まれながらの必然となり得ることが示唆されている。従って、我が国のメタボリックシンドロームの発症を減らすには、生活環境の変化、即ち、現在の食を始めとした文化の変革が重要であり、当委員会の使命のひとつは、そのような文化の発信にあると考えている。
■Chambers JC, et al. Common genetic variation near MC4R is associated with waist circumferance and insulin resistance. Nature genetics published on line 4 May 2008
■Loos BJF et al. Common variants near MC4R are associated with fat mass, weight and risk of obesity. Nature genetics published on line 4 May 2008





